ดู・มอง・เห็นの違い|意識して見る・視線を向ける・見える

日本語の『見る』は、タイ語ではดู・มอง・เห็นに分かれます。意識して観察する、視線を向ける、結果として見えるという違いです。

基本比較

中心的な意味
ดู duu 見る・観る・確認する ดูหนัง 映画を見る
มอง mɔɔŋ 視線を向ける มองข้างหน้า 前を見る
เห็น hěn 見える・認識する เห็นรถ 車が見える

ดู:対象を意識して見る

ดูทีวี『テレビを見る』、ดูรูป『写真を見る』、ดูราคา『価格を見る』、ดูแล『世話をする』など、対象に注意を向ける動作です。

มอง:方向や視線

มองซ้าย『左を見る』、มองหน้าฉัน『私の顔を見る』のように、視線をどこへ向けるかを強調します。

เห็น:視覚の結果

ผมเห็นเขา『私は彼を見かけました』、มองไม่เห็น『見えない』のように、実際に視覚で認識できたかを表します。

ดูとเห็นの違い

ดูหนังは映画を見る行為、เห็นภาพは画像が見えることです。意図的な行動か、視覚結果かを考えると選びやすくなります。

มองไม่เห็น

มองは視線を向ける動作、เห็นは見える結果です。二つを組み合わせたมองไม่เห็นは『見ようとしても見えない』という自然な表現です。

関連語

ดูは確認・試すにも使う

ดูは視覚だけでなく、『確認する』『試しに~する』の意味でも使います。ลองดู『試してみる』、ดูว่า…『~かどうか確認する』など、非常に広い語です。

เห็นは意見にもつながる

เห็นด้วยは『同意する』、ความคิดเห็นは『意見』です。視覚の『見える』から、考えとして見るという意味へ広がっています。

表現 意味
ดูทีวี テレビを見る
มองไปข้างหน้า 前方へ視線を向ける
เห็นเขา 彼が見える・彼を見かける
มองไม่เห็น 見ようとしても見えない
เห็นด้วย 同意する

同じ場面で3語を使う

ผมมองไปที่ถนนแล้วเห็นรถ จึงหยุดดู『道路へ目を向けると車が見えたので、立ち止まって見た』。มองは視線、เห็นは認識、ดูは観察です。

確認問題

映画を観るならดูหนัง、遠くへ視線を向けるならมอง、結果として物が見えるならเห็นを使います。

会話での使い分け

場面 自然な表現 理由
映画を観る ดูหนัง 対象を意識して観る
道路の左を見る มองทางซ้าย 視線の方向を示す
遠くに山が見える เห็นภูเขาไกลๆ 視覚結果を表す

誤用しやすい例

  • 『テレビが見える』ならเห็นทีวี、『テレビを見る』ならดูทีวี
  • 『こちらを見て』はมองมาทางนี้またはดูนี่ตาม文脈
  • 『よく見えない』はมองไม่เห็นが自然

一つの状況で3語を比べる

ผมมองไปที่หน้าต่าง เห็นฝนตก แล้วหยุดดูสักพัก。『私は窓の方へ視線を向け、雨が降っているのが見えたので、しばらく眺めました』。มองは視線、เห็นは認識、ดูは観察です。

まとめ

ดูは意識的に見る、มองは視線を向ける、เห็นは見える結果です。日本語の一語にまとめず、動作と結果を分けて考えてください。

この記事の信頼性情報

編集:Taigoo編集部/最終確認日:2026年7月23日

この記事「ดู・มอง・เห็นの違い|意識して見る・視線を向ける・見える」のroman表記とkana表記は、Taigoo辞書の統一基準に基づきます。声調、母音長、末子音の実音を日本人学習者が確認しやすい形で示しています。

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